先日,お母さんドクターから相談メールをいただきました.息子さんが医学部受験を終え,地方国立大医学部に進学するか,東京の私大医学部に進むか,悩ましいとのことでした.医学部進学の際に必ず考えるテーマであり,ご本人の了承を得て,記事にさせていただきました.
目次
医学部進学の相談メール|地方国立大か東京の私大か
いただいたメールがこちらです(一部改).
山村聡先生
不躾ながら初めてご連絡させていただきます。
私は北陸の大学病院で糖尿病指導医として診療や臨床研究をしている医師です。
地方国立大学で臨床研修や研究を続けていくことの難しさを日々実感しております。
そんな中ネットサーフィンで、先生のブログに出会い、失礼を承知でご連絡致しました。実はこの度高校を卒業する私の長男が、□□大学(東京の私大)医学部に合格し、国立はまだ発表前ですが◯◯大学(九州の国立大)医学部にも合格しそうです。
本人は東京への憧れから(九州の国立大)に受かっても(東京の私大)への進学を希望し、将来は全身を見られる内科医になりたいと言っています。
(東京の私大)で診療や研究をされている先生からみて、(東京の私大)のメリットはどのような点かコメント頂けますでしょうか?
お返事頂ければ心ばかりのお礼をさせていただきたいと思います。失礼いたします
非常に悩ましいところです.子どもの希望,親の希望,経済事情,将来設計,医師としてのキャリアなど,様々な要素が絡まり合うので,誰かに相談したくなる内容です.本人の性格や価値観に依る部分も大きいですが,私なりの回答をお返ししました.お礼としてこのブログの1記事にさせていただく了承を得ました.
私大か国立か,地方か東京か
都内私大のメリット・デメリットを,地方国立大学と比較する形で回答しました.私自身,地方国立大卒で,都内私大の大学病院糖尿病内科に入局しましたので,双方を知っている立場から回答しています.
東京の私大医学部のメリット
私自身,かつては都内の国立大学を目指していた過去があり,東京への憧れがありました.その憧れが尾を引く形で,上京して今,東京で仕事をする理由ともなっています.
具体的には,研究発表の場が豊富で,近隣の大学病院,大規模市中病院との連携が密です.毎週のように研究講演が行われ,都内大学病院,大規模病院同士,研究発表を互いに行っています.都内であれば東大を筆頭に,慶應,医科歯科,順天堂,慈恵ほか,国立病院系の著名な先生方の講演を拝聴する機会が月に複数回あります.論文になる前の最新の知見を診療に活かす一助となっています.
医学生の頃には,そういった研究会に縁があるわけではないですが,学生レベルでも他大学の医学生との交流があり,いわゆる「意識高い系」のサークル活動から,ボランティア活動,起業等,医学の枠にとらわれない経験を積む学生が多数いるのも事実です.何かをやりたいと思い立ったときに,何でもできるのが東京の良いところだと思います.
また,東京の私大は,医局の力が地方と比べるとそう強くありません.関連病院への人事等はもちろんありますが,専門医取得後,実家を継ぐなどの理由で辞めていく先生もそれなりにいます.医師の就職は,必ずしも医局に依らず流動的で,複数の病院に非常勤でフリーランスのように働く医師も当たり前のようにいます.東京・関東圏には無数に病院がありますので,相当な有名病院でなければ医局に入っていないと働き口に困るわけでもありません.
地方では医局に所属していないと中核病院への就職はなかなか現状です.もし将来,地元に戻るつもりがあるのであれば「実家を継ぐ」以外に地元の病院での就職は厳しくなるかもしれません.
東京の私大医学部のデメリット
学費,家賃,生活費の負担が最大かと思います.学生も比較的裕福に育ってきており,私大らしいのんびりした雰囲気があり,若干世間ずれした金銭感覚の学生もいます.私大の難易度にもよりますが,比較的高いでは,本当に世間知らずな学生というのは少ない印象です.
アルバイトをしている学生もいますが,「私大医学部生」という肩書にさほどブランド力はありません(合コンでは多少モテるでしょうが).「地方国立大学医学部生」ならその地域の塾講師,家庭教師は花形バイトでしょうが,私大の医学生は普通の学生がするような居酒屋,飲食店でバイトをしています(これも私大のレベルによります).
なんとしても東京で学生時代を過ごしたい!という理由がなければ,初期研修,後期研修の段階で上京するのでも良いと思います.家庭への経済的負担は小さいです.また,東京は誘惑も多いですので,留年,国試浪人しないよう,本人の意思と,つきあう仲間選びは大切でしょう.
地方国立大のメリット
その地域の雄,地域最高学府なので,その地域の優秀な学生さんが集まっています.学費は破格ですし,家賃,生活費も安いです.学生時代を過ごした街は,第2の故郷となり愛着が湧くものです.
国立大の医学部生であれば地域の方々からはちやほやされて過ごすことでしょう.男性なら,多少顔が不自由でもモテます.また総合大学であれば他学部との交流が,自分の視野を広げてくれます.医学部生は医学部生だけの部活,サークルで6年間狭い世界で過ごしがちですが,他学部のサークルに所属したり,他学部の講義に出てみたりと交流の輪を広げる機会は十分にあります.その点,都内の私大は医療系学部だけ別キャンパスであったりするので,学内での交流は医療の枠の中に限られます.
わたしは九州出身ですが,もともと上京志向が強かったので,東京贔屓で地方国立大の魅力を十分には伝えきれませんが,地方各地もいいところがたくさんあります.その土地の美味しい食べ物があり,地域ならではの情があります.卒業後上京するチャンスはいくらでもありますが,故郷以外の地域で暮らすチャンスは学生時代が最後でしょう.
地方国立大のデメリット
もし意識高い系の学生さんであれば東京が向いていますが,普通の医学生として過ごすのであれば,とくにデメリットはないと思います.6年間しっかり勉強し,医師免許をとれるのは何処の医学部を出ても共通です.地方のデメリットは,初期研修,後期研修,就職の段階で初めて顕在化すると思います.
まず,情報が少ないです.九州の中心は福岡・博多です.わたしは学生時代を博多で過ごしましたが,福岡県内に医大は4つ,非常に離れて点在し,残りの各県は医学部が1つずつあるだけです.医学部入学→出身大学(または近辺の中核病院)で研修→出身大学に入局ということがごく当たり前と考えられていて,それ以外の選択を思い浮かべる学生はごく僅かです.有名な研修病院の話や,入局しないという選択,医師免許を使わないのキャリアなど,調べれば出てはきますが,実際にそういうイレギュラーな選択をする先輩,メンターがほぼ不在であり,敷かれたレールの上で普通の医師になっていく嫌いがあります.別に,それが悪いわけでなく,地域の医療を支え,研究し,医学を発展させているのですが,数ある選択肢を知った上で,そういう医師らしいキャリアを選ぶか,流されるように医師免許を使って暮らすかは,その後の生き方,生き甲斐に関わってくるのではないかと思います.
医師になってからの地方のデメリットも察するところがあります.医局人事に翻弄され,地方の国立大の限られた予算と,限られた研究費で成果を上げている先生方には頭が下がります.
まとめ
進学する本人の性格,意志などによって正解というのはありませんが,金銭的に親孝行な地方国立大でちやほやされながら医者になって,東京で沢山の医者に揉まれながら成長するというのが現代風の医者のキャリアかなと私は思っています.どこの医学部がものすごく優れているというわけではなく,家族の希望,本人の希望,将来像などを整理して,決心を持って入学することを期待する限りです.
糖尿病内科的コメント
正解はないので,私の個人的な見解を交えて回答しました.糖尿病内科は新しい薬,治療法が次々と出てくる先進的な内科なので,先駆的に(早ければ治験段階から)薬の使用経験のある先生方の話を聴くと,自身の外来でも使用開始するハードルが下がります.もちろん新しいから試してみるというわけではなく,患者さんの新しい選択肢として有用性が期待できるのであれば選択してみる価値はあると思います.
論文やWebセミナーなどで,地方でも情報収集は十分可能です.しかし実際に使用経験のある先生が身近にいると,いざとなったら相談でき,使用感,適応患者など,一般化しにくいためセミナーなどでは話せない内容も訊くことができます.都内の大学病院勤務を100%肯定はしませんが,糖尿病内科医としての満足度は及第していると思います.